連載コラム

葉山考太郎の「新痛快ワイン辞典」 Vol.12 2018_08_17

葉山考太郎先生が1999年に出版した『辛口・軽口ワイン辞典』(日経BP社)の続編です。ワインに関する用語が、葉山先生特有の痛快な語り口で解説されています。今回は、「チ」「ツ」「テ」で始まる語をお届けします。

【見出し語について】
(1) アルファベットで始まる語はカタカナ表記で配列した。【例】AOC⇒エー・オー・シー
(2) シャトーやドメーヌが付くものは、それを除いた見出し語で収録した。【例】シャトー・ラヤス⇒ラヤス、シャトー
(3) 人名は、「姓+名」で収録した。【例】ロバート・パーカー⇒パーカー、ロバート



■ち■

チーズ (cheese)
第5次ワイン・ブームの尻馬に乗り、急速に伸びた食品。基本的に日本人は悲劇と麺類が好きだが、コメディーとチーズが嫌い。だから、ドロリとした臭いチーズは敬遠され、癖のない物が好まれる。チーズ同様、シガーも、「ワインによく合う」をキャッチ・フレーズに「全国区」を目指したが、さすがに健康に良いとは言えなかったためか、大流行には至らず。シガーは、ソムリエ・コンテストの実技課題で出題されただけ(その時、課題を読み上げたのが、故川島なお美さん)。シガーとハードリカーと美女は、「黄金のトライアングル」なのに……。

チーズ・アドバイザー (Cheese Advisor)
「チーズ&ワインアカデミー東京」という雪印系列の学校が認定する民間資格。チーズ系の資格として最も古い。受験には、職業や業務経験は不問だけど、20歳以上でなきゃならない(ワインとのマリアージュも勉強するので)。資格取得には、「チーズ・エントランス・コース」を終了して、「チーズ・アドバイザー・コース」を受講して、終了認定テストの合格しなければならない。チーズ関係唯一の資格なので急成長が期待されたが、2000年に起きた雪印の集団食中毒事件で水をさされる……と書いたのが15年前。で、今回の『新痛快ワイン事典』用に内容をアップデートするため、「チーズ・アドバイザー」でネット検索したところ、何もヒットせず。「チーズ&ワインアカデミー東京」のウェブサイトも消えている……。スペンサー・ジョンソンが有名な童話、『チーズはどこへ消えた?』を書いたが、この場合は、『チーズ・アドバイザーはどこへ消えた?』。

チーズけんてい(チーズ検定)
チーズ・プロフェッショナル協会が認定する低難度のチーズ系資格。受験生から、「チーズ・プロフェッショナルは金がかかるし難しい」と文句が出たため、全部込みで1万円ポッキリで受験できるアマチュア用のこの資格を作ったのかも。趣味系資格とはいえ、舐めて受験するとあっさり不合格になる。

チーズ・コーディネータ(Cheese Coordinator)
1999年創立のチーズ・コーディネータ協会が認定する中難度のチーズ系資格。この資格の特徴は、試食とサーヴィング実技があること(なので、独学での合格は簡単ではないと思うが、通信プログラムがあり、受講と受験も在宅での独学で可能)、および、在宅で受験できること。受験料は、会場での受験が40,000円、通信講座での在宅受験は60,000円、また、合格すると、20,000円の登録料(居酒屋の「お通し代」みたいに、何の費用かよく分からない。協会の事務員さんがデータを入力する30秒の手間賃か?)、および、入会費と年会費もかかるので、「私はチーズに詳しい大富豪」であることを認定してもらう資格かも。

チーズ・ソムリエ(Cheese Sommerier)
通信教育を手広く展開している会社、formie(フォーミー)が認定する資格。通信教育の受講料、認定料、検定費用も全部込みで34,000円は、チーズ系で最もお手頃価格かも。

チーズ・プロフェッショナル(Cheese Professional)
チーズ・プロフェッショナル協会が2000年から認定する高難度のチーズ系資格。通称、「チープロ」。日本のチーズ通は、まず、これを目指す(「ワイン・アドバイザー」と「チープロ」の両方を取得したら食通認定してもらえると考える愛好家多数)。資格試験の常として、難度が高いと料金も高い。で、受験料8,000円の他に、協会入会量5,000円や年会費10,000円をチビチビと徴収され、合格率を上げるための講座を受講するには、講習費が12,600円、教材費(チーズ代)が3,200円もかかる。

チナール (Cynar)
日本のスーパーマーケットではほぼ見ない野菜(果物?)、アーティチョークをベースにしたイタリア産の異色リキュール。アルコール分は16%。飲みやすく、ヨードチンキのような独特の香りと後口の苦みがある。甘味と香りが強烈なリキュールは生で飲むとチューインガムみたいだけれど、チナールはワイン好きにも抵抗なく飲める。最初の一杯は独特の香りにビックリするが、二杯目からクセになる。ちなみにアーティチョークは丸ごと茹でて、つぼみの根の部分を食べる。これを食べた後、お茶を飲むと、お茶が強烈に甘くなる面白い。

ちまなこワインえいがフリーク(血眼ワイン映画フリーク)
『映画の中のワインで乾杯!(東急エージェンシー刊)』を上梓した須賀碩二さんの造語。須賀さんは、映画に一瞬登場するワインの銘柄判読に情熱を燃やし、同好の士をこう呼んだ。銘柄判読には、ビデオデッキ、『世界の名酒事典』、『ぴあシネマガイド』が必需品。CDやビデオを静止画像にしてラベルを読んだり、スローにして何十回も見ても、なかなか分からない。マンションのチラシ広告の写真に載ったダイニング・テーブルの上のワインのラベルを読むより難しく、銘柄が分かるのは2割程度。シャンパーニュはよく登場するし、生産者が少ないのでラベルも読み取りやすいが、ワインはマイナー物が多く、判別は超大変。

CHINTAIニュース (チンタイニュース)
アパートやマンションの賃貸物件を掲載した週刊雑誌。キオスクの棚に並んでいるのを見るたびに、表紙の "CHINTAI" のロゴを「キアンティ」と読んでしまい、いつもドキッとする。ちなみに、間違った文字列を脳が勝手に見慣れた文字へ変換することをタイポ・グリセミア現象と言う。例えば、「わしたは、いもつ、ワンイを のでんいます」が、「私はいつもワインを飲んでいます」に読める。


■つ■

つーしょっときんしめいれい(ツーショット禁止命令)
モエ・エ・シャンドン社を見学に訪れると、「熟成蔵で写真撮影する場合、モエのアンペリアル(ノンヴィン)とドンペリを同じフレームに入れない」と約束させられること。大量生産するアンペリアルと同じ場所で作ることが判れば、稀少品としてのドンペリのイメージ・ダウンになるためらしい。昔のドンペリには、ラベル上部に大きな字で「モエ・エ・シャンドン」と書いてあったが、今はどこにも「モエ」の記載はない。シャンパーニュのノンヴィンはメゾンの顔で、稼ぎ頭。両親の世話をして家計を支えるしっかり者の妹を、芸能界入りした姉が上から目線で見る感じ? ちょっと可哀そう。


■て■

てーぶるのした(テーブルの下)
謎に満ちた大人の物語が広がる世界。特に、イタリアのレストランのテーブルの下は、テーブル・クロスで見えないのをいいことに、男女の脚が情熱的に絡み合っているそう。優雅に泳ぐ白鳥も水面下で足をバタバタさせているように、穏やかな表情でバローロを飲んでいるカップルも、テーブルの下ではご乱行。という訳で、イタリアン・レストランのテーブル・クロスが一番長いらしい。

ディブルバージュ (debourbage)
ワインの醸造系の超専門用語。ワインを冷却して澱を沈めて清澄化すること。知っているだけで大尊敬されるけれど、通常のワイン会でまず使わない言葉なので、聞かれてもいないのに自分から言うと、1回につき確実に友人を2人なくすので注意。

デステム (destem)
超専門用語。知っているだけでワイン通から大尊敬される言葉。日本語で除梗。赤ワインを発酵させる場合に、果梗(ブドウの軸:ステム)を取り除くこと(デは「除去する」の意味)。ちなみに、デオドラントは、匂い(オドー)を除去する(デ)ことなので、無理やり分割すればデ・オドラントだけど、デオ・ドラントと書いたトイレ用品が多い(森下仁丹の製品等)。大企業なのに堂々と間違っているケースが意外に多く、例えば、佐川急便の大型トラックには、「TRAN’SPORT」と、ヘンなところにカンマが打ってある(「運送」は、「港を行き来する」ことなので、trans + port が正しいが、「スポーツ」に目がくらんだか?)。ドン・キホーテをドンキ・ホーテと区切るようなもので、「ドンキ読み」と名付けたい(一種のギナタ読み)。ドンキ読みの方が、日本人にはスッキリ読めるんだけど。ちなみに、マレーシアの首都、クアラルンプールは「クアラ・ルンプール」、ニュージーランドは「ニュー・ジーランド」。

デッサン (dessin)
写真ではなく、鉛筆で対象物の輪郭を描くこと。醸造所の絵を描いたワインのラベルは多いが、デッサンがきちんとしているものはほとんどない。怪しい遠近法のため、シャトーの壁が歪んでいたり、前の畑が波を打っていたり。ブルゴーニュのミシェル・グロが作るクロ・デ・レアは銘醸ワインで有名なのに、ラベルは門が飛び出ているのか凹んでいるのかさえ不明。

デュークとうごう(デューク東郷)
正確無比のスナイパー、ゴルゴ13の別名。右手を他人に預ける「握手」を嫌い、自分の背後に人を立たせない。人物ファイルによると、デューク東郷の好きなワインはシャルツホフベルガー。最高価格のエゴンミューラー家製が好みと思われる。連載開始が1969年と第1次ワインブーム(1972年から)の前なので、当時、日本で一番威張っていたのはドイツ・ワインだったためだろう。ベッドに裸の美女を待たせ、小さなグラスでよく冷やしたアウスレーゼを飲んでいるデューク東郷は微笑ましい。推定年齢は80歳超なので、東京の都バスの「敬老無料パス」を持っていると思われる。(関連項目:ゴルゴ13、第1次ワインブーム)

テルモメートル (thermometre)
ワイン用の温度計を気取ってこう呼ぶ。安いものでも1本四千円はする。普通の温度計との違いは、頭に木製の取っ手がT字形に付いていること。この取っ手は飾りではなく、ボトルに差し込んで温度を測るときに、手が滑っても中へ落ちないようになっている(中へ落とすと、温度計の先の玉が割れるので、ワインは飲めなくなる)。今では、調理用のデジタル温度計が、1,000円以下で買えるので、アナログ式のテルモメートルは絶滅危惧種。(関連項目:スー・ド・キャラフ)