連載コラム

遠藤誠の「読むワイン」~利三郎文庫便り Vol.06 2018.01.05

「ワイン物語」を読み返す。

イギリスワイン界の大御所ヒュー・ジョンソンによる
壮大なワインの歴史を物語る古典的な名著。
1989年に書かれたものだが、
未だこれを凌ぐものはないのではないか。
この一冊にはワイン史のエッセンスが詰まっている。
私自身、この本でなんと数多くの講義でのネタを拾ったことか。
今だに読み返しても、その都度に新たな発見がある。

例えば、中世まで銘醸ワインとして名高い産地に
ペルシャのシラーズがあるという記述があり
シラーの中東起源説が生まれた理由を知った。
(遺伝子的にはシラーは自然交配によって
ローヌで生まれたことが確認されている)

そこから、モンテプルチアーノは
トスカーナの村名とアブルッツォの品種名であるが
この二者は全く別個の存在であることを
シラーを同じ事例として解説できる。

さらに「なんちゃって3大品種」なるものを考え出した。
モンテプルチアーノ、シラー、ピノタージュの三品種だ。
それぞれ銘醸地の名前を拝借しているが、
その土地の品種とは遺伝的には関係のない品種だ。

え、ピノタージュは違うだろうって?
実はその昔、南アでサンソーをエルミタージュと呼んでいたので
ピノ・ノワールとエルミタージュの名を合成して生まれた造語だ。
などと話していると、あっという間に講義の時間が足りなくなる。
全く困ったものだ。

もう一つ興味深かった記述を紹介しよう。
古代ローマ時代の有名なトピックスである、
ドミティアヌス帝によるガリア ブドウ栽培禁止令に関してだ。
巷ではガリア(今のフランス)で素晴らしいワインができるようになり、
本国イタリアのワインを脅かすようになったためと説明されるが、
この本ではナルホドと唸らせる、全く異なる理由を教えてくれる。

その箇所を読んだいて、あれと思えるものにぶつかった。
そのドミティアヌス帝の時代、
ローマ近郊にトウモロコシ畑があったと書かれている。
ご存知のようにトウモロコシは「コロンブスの交換」によって
初めてヨーロッパにもたらさせれた植物だ。
古代ローマにあるわけがない。
文脈から麦の誤訳だろうと思ったが
翻訳者がなぜこのような間違いを犯したのだろうかと
不思議に思ったものだった。

数年後、「牛肉の歴史」という本を読んだとき、
コーンビーフの解説で面白い発見をした。
コーンとは元々は粒状のものを指す言葉で
穀類の粒、つまり麦を指す言葉だった。
そして塩の粒もコーンと呼ぶことがあり
塩漬けの意味が生まれ、
塩漬けの牛肉がコーンビーフとなったと書かれていた。

欠けていたパズルが繋がった!
「ワイン物語」の翻訳者は
「corn」をそのままトウモロコシと訳してしまったのだ。
なるほど。ああ、すっきりした。
誤訳も結構楽しませてくれるものだ。


題名:ワイン物語
著者:ヒュー・ジョンソン
出版社:日本放送出版協会
※現在は平凡社より文庫本が出版されている。