連載コラム

浅妻千映子の最新レストラン事情 Vol.10 2018_06_08

〜魚に求められるもの〜

先日、パリのレストラン「ル・デュック」のシェフとソムリエが来日し、「北島亭」で腕をふるうというフェアがあった。

「ル・デュック」を知っているだろうか。
1967年に開店した偉大な店だ

何がすごいって、圧倒的な肉文化であった開店当初のパリで、出した料理は魚介だけ。フランスで初めて生の魚を出した店と言われている。
最初は見向きもされなかったようだが、じわじわと店の名を街にとどろかせていった。

わたしも、今から16,7年前、「ブイヤーベースの美味しい店がある」と聞いて一度だけ訪れたことがある。旅行中、ちょっぴり肉で疲れていた胃をいたわってもらった、思い出の店だ。

もちろん、今に至るまで魚介料理専門という方針は変わっていない。

フェアでの料理の前菜には、シンプルなイワシのマリネや、スズキのカルパッチョが出た。オリーブオイルや塩や酢だけで味付けたシンプルな料理、しかも魚は日本で手に入れているものなのに、日本のレストランで食べる味とは、なぜかひと味、ふた味違うのが不思議。向こうっぽい味だと感じるのは、ル・デュックのシェフが作っているという先入観からだろうか。
なににしても、わざわざ持ってきてくれたパリの店で人気のロゼワインとともに、この味が東京で食べられたのは、貴重であった。

さて、東京のフレンチでも、魚の地位は昔よりずっと高い。
半年ほど前に代官山にできた「サンプリシテ」は、「熟成魚フレンチ」と呼ばれる、業界内で話題の店だ。そう呼ばれる通り、熟成させた魚をコースの多くの皿に使う店で、特に何品か続く前菜が特徴的で美味しかった。

例えば、小さな黒いアイスのコーンに入った魚や、サブレの上にのった魚など、可愛らしいプレゼンテーションの中に、ぎゅっとその旨みと香りを詰めている。スモールモーションにもかかわらず、インパクトのある、それでいて洗練された味わい。多くの人の舌を虜にすると思う。

熟成魚は、熟成肉に続いた、この数年のキーワードの一つだ。

特に寿司では、かなり力を入れている店がある。
二子玉川の「㐂邑」が有名なところだろうか。基本的に取材拒否の店なので、雑誌などで見ることはほとんどないかもしれないが、口コミ口コミで予約困難。
実は私も、訪れたことがない。まわりの評判はすこぶるいい。

恵比寿からちょっと離れた「心白」も、かなりマニアックな寿司店だ。
それぞれの魚の熟成具合たるやものすごく、例えばワインもビールも日本酒も、熟成の最後はシェリーのような方向に向かうように、それぞれの魚の最終地点が見えるような激しい熟成感を体験できる。

おまけとして、この店は日本酒の品揃えが豊富だ。確か、日本酒を作っているすべての都道府県のものを網羅し、リストには100種類くらいが並んでいたような記憶がある。

もう5,6年前になるが、今はなくなってしまったある寿司屋でも、熟成させた魚の握りを出していた。奥の厨房を見せてもらったら、寿司屋には不似合いな、いかつい機械があった。聞けばなんと医療機器で、これで温度を管理して魚を熟成させるという。

「ほっぽっておくのと熟成は違うんです」とご主人。
それはそうだ。家でやろうとしても腐って終わってしまうのは目に見える。
それにしても、寿司屋に医療機器。寿司職人も、時代もどんどん変わっているんだなあと、そのとき妙に突き刺さった。

熟成魚をまだ口にしたことがないなら、これを機会に、どこかの店に足を運んでみると面白いかもしれない。なにせ、家では体験できない味なので。

■ル・デュック
http://restaurantleduc.com/

■サンプリシテ
http://www.simplicite123.com/

■寿司 㐂邑
http://www.sushikimura.tokyo/

■鮨 心白
http://sushi-shinpaku.tokyo/