連載コラム
浅妻千映子の最新レストラン事情 Vol.04 2017_09_08
〜「おまかせ」の先にある「わがまま」に対応する、ネットに出てこない店〜
最近は、お寿司屋さんに行っても、フレンチに行っても、とにかく「おまかせコース」が多い。
ときどきふと、寿司屋のカウンターで何から食べたらかっこいいかとか真剣に考えていたことが懐かしくなる。
アラカルトで注文できるきちんとしたフレンチも、このところとんとご無沙汰だ。前菜、メイン、デザートの三皿を、メニューを眺めながら真剣に選んだ、三田の「コートドール」なんかに久々に行きたい気分になっている。
少し前から、そろそろ原点回帰で、お寿司屋さんも「お好み」の店が増えるのではないかと言われたりもするが、なかなかそうはならないようだし、食べるもののみならず、ワインまで、リストすら渡さずにペアリングを推奨する店が増えている。
もちろん、出会ったことのない美味に出会えたり、少しずついろいろなものを食べられたり、ワインを選べないという人が安心してワインを任せられたりと、店側のいろんな都合だけでなく、客側のニーズに大いに対応してくれているのだから、こうした流れは当たり前といえばその通り。
だが、もう少し全体のレベルアップというか、さらに客の経験値が上がると、
「やっぱり好きなものや、今日の気分のものだけ食べたいよね」
「あちこち飲むより、好みのワインを堪能し尽くしたい」
なんていう気持ちが出てくることもまた必然だ。
ある日、そんな年寄りじみた(?)話をしていたら、奇特な紳士が出現した。
「なるほどなるほど。“わがまま”言える店をご紹介しますよ」
と、とあるレストランを案内してくれたのである。
場所は広尾と西麻布の間あたり。
到着すると、カウンター席に案内された。
わたしは約束時間に遅れ気味で、息を切らして汗を拭いていた。
それを見たベテランのサービスの方が、「まずはぐっとどうぞ」とばかり、微笑みながら、明らかにグラスに多めに泡を注いでくれたのが嬉しかった。
一息ついてカウンターの向こう側をみると、2人の料理人が、あちらこちらから大皿をとりだし、並べだす。
ある皿にはコハダとサバとサンマの〆ものが。またある皿には、大きなタコの煮たのが。それだけ聞くと寿司屋のようだが、ここはイタリア料理店。
そのあとに次々運ばれたのは、何種類かの野菜のマリネに魚のマリネ、サーロインの塊で作ったハム、鮎の煮たの、フレッシュチーズもあれば、殻つきの岩ガキや、私が最近気に入っているイシガキ貝もあった。温かいものでは、揚げる前の小さなコロッケや、これから焼く小さなココットに入った何かなどなど……。
カウンターのはじからはじまで、2列になって、20種類近くあろうか、たくさんの料理が並んだ。それ以外にも野菜の籠がおいてあって、色とりどりの野菜が大量に詰められている。
チョイスしたものが出てくると、前菜盛り合わせのようになるわけだ。
ただ、ワンプレートになったあれがあまり好きでないという人がわたしのまわりに何人かいる。そういう人は、好きなものを1種類か2種類、たっぷり頼むというのも、もちろんありだ。
つまりは、「自分で好きなものを選べる」だけでなく、「自分でスタイルを作れる」ということなのだ。
ちなみにわたしは、鮎やサーロインの生ハム、イシガキ貝など4~5種類を盛り合わせにしたが、連れて行ってくれた紳士は手慣れたもので、「3種の光り物を一切れずつ」とオーダーしていた。
そのあとは、またいろいろな食材を見せてくれる。
いくつかの魚介、ブロック状の何種類かの肉。
何かを選んでパスタにしてもらってもいいし、シンプルな魚料理をオーダーしたり、いきなり肉にいき、またパスタに戻ってもここではルール違反ではない。
「わたしはまだまだ食べる」「僕はこの辺でやめておく」ということもあるだろうし、「その牛肉を7ミリの厚さでさっと焼いて」とオーダーする横で「わたしは5センチの塊で」と言っても、店の誰も、嫌な顔などせず、むしろ嬉しそうなのである。
結局、大量のキノコが入ったの籠を見て興奮したキノコラバーのわたしは、シンプルながらに数種のキノコが主張しあうキノコ炒めをたっぷり作ってもらって大満足し、野菜の籠に並ぶ色とりどりのピーマンに見惚れたという紳士は、メインに選んだオマールブルーに大量のピーマンを付け合わせてもらっていた。
それぞれがわが道を歩んだ感じだ。
ここまでやるなんて、と驚いたのはデザートの時だ。
ケーキやプリンなど、色々な品を見せてくれるのは珍しくないと思うが、それに加えて、果物の籠が登場したのである。
メロンにスイカ、ぶどう、なし、5種類も揃えた桃など、まるで豪華なお見舞いセットのよう。
「ケーキの横に好きなフルーツを一切れだけつけてもいいですし、プリンアラモードやパフェを作っても。今なら桃5種類の食べ比べもできます。好きな桃を選んで、それだけを食べてもいいですよ」
残念ながら私は桃が苦手という弱点があるため、今回はフルーツに手を出さなかったけれど、プリンアラモードや桃尽くしのパフェを想像するのは楽しかったし、イチゴの季節に訪れ、いろんなイチゴがあったなら、絶対パフェにしてもらおうと心に決めた。
さて、ここまで読んでくださった方の中には、どこの店が想像できた方もいるだろう。
これだけ客のわがままをきく店は、そう、「キャンティ」か「アッピア」しかない。
かつて、かのキャンティのスタッフが独立してアッピアを南麻布に作ったときは、大きな話題だった。
そして、西麻布に「アッピア アルタ」という支店もできた。
さらに昨年、同じビルに、今回訪れた「ヴィラ アッピア」ができたのである。
カウンターをメインにした店造りをしたことで、ぐっと今どきの雰囲気になって、本店やアルタより敷居が下がったというか、若い人が使いやすくなった感じがする。
家に帰ってネットで検索すると、地下にあるアルタの方は出てくるが、こんな世の中にあって、ヴィラの方は全然出てこないことにも驚いた。
この日も満席だったし、決して紹介制の閉じられた店ではない。みんなよっぽど、とっておきの秘密にしたいと思っているのだろう。
お誕生日などお祝いの時はもちろん、ストレスが溜まっているとき、とにかくわがままがいいたいという気分の時に訪れるとスカッとしそうだ。
まわりを気にせずわがままを言うのが醍醐味の店で、それを喜んでいるちょいとMっぽい店とも言えるかも。
この日はワインのわがままは言わなかったけれど、間違いなくそれにもこたえてくれることだろう。
ネット上に現れてこないため、予約はアッピアアルタに電話するのが早道と思われます。
■コートドール
https://tabelog.com/tokyo/A1316/A131602/13001681/
■キャンティ
http://www.chianti-1960.com/
■アッピア
https://tabelog.com/tokyo/A1307/A130703/13001593/
■アッピア アルタ
https://tabelog.com/tokyo/A1307/A130703/13054090/