カリフォルニア・ワイン界の「奇人」と呼ばれるクラーク・スミス氏がアカデミー・デュ・ヴァン東京校にて『グレープ・クラフトという実践的技術』をテーマに講演を行いました。彼はアルコールが高すぎるワインを独自の逆浸透膜装置を利用して、アルコールの低減を行うなど、きわめて人為的な処置を行うことで知られています。「ハイテク技術を用いるからこそ、伝統的なワイン造りが可能」という彼の逆説的な態度に対して、大きな反論があるのも事実ですが、「カリフォルニアのワイナリーの半数以上が顧客」と公言するほどに、ハイテク技術が醸造現場に浸透しているのも事実です。当日、会場内でも賛否が分かれたのは事実ですが、日頃は生産者が語りたがらない内容であっただけに、参加者の多くが興味深く話を聞いていました。
文:斉藤研一 Text by Kenichi Saitou
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| カリフォルニア・ワイン界の「奇人」と呼ぶ声がある一方、その積極的な姿勢を評して「ワイン・メーカー中のワイン・メーカー」と呼ぶ声もある。左はグレープ・クラフト社社長の奥様。 |
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| 当日、様々なサンプルの試飲を行った。写真はアルコール低減処理を行った『ワイン・スミス』シャルドネ2003年(アルコール度12.9%)に加えた抽出エタノールの小瓶。シャブリのようなミネラル感はエタノール添加により消えるのを確認する実験。 |
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| 総勢70名にも及んだ講演会風景。賛否が分かれる内容であったが、参加者は興味深く話を聞いていた。 |
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ワインの哲学は古い。(彼の社名であり、活動である)グレープ・クラフトとはいにしえの美徳を復元するものである。ワインは瓶に詰まった詩である。 20世紀の醸造学は大きな力となった。1975年当時、私たちはシンプルなワインだけを飲んでいた。いまは(醸造学によって、すごいワインが現われたものの)魂を揺さぶる技術が失われてしまった。 20世紀の技術革新に私たちは否応なしに従わざるを得ない。例えば、電灯やポンプ、冷却装置、ステンレスとプラスチック製ホース、袋詰めの培養酵母、化学薬品、酵素……。かつては役に立たないと思われていた不活性ガスですら、微生物の均衡あるいは酸化防止に役立つことが分かった。 20世紀にあやまちとはブドウ栽培とワイン醸造が別々の学問とされたことである。ワイン造りが科学に貶められしまい、ワインを水で薄められた化学溶液と考えている。私はワイン造りが科学だとは思わないし、「化学溶液」というのは正しい理解ではないと思っている。 現在、醸造学を導いている再発見としては、ワインは高分子構造を持つもので、発酵終了後の処理が構造に大きな影響を及ぼすということである。テクスチャ(「なめらかさ」などのワインの質感)は、ワインの構造的特性に左右される。さらに驚くべきことに、この構造はアロマの表現にも影響することである。濾過と冷却装置は構造を破壊する。アロマが統合されれば、ひとつのハーモニー「シンプル・ヴォイス」を奏でるのである。 ワイン造りはちょっと変わった料理に過ぎないと私は思っている。めざすところは高級料理と同じである。洗練された構造物へと統合された、様々な風味を味わうという本能的な悦びである。そこには生きた土壌を注意深く耕作することで得られる、記憶に残る味の表現が大切である。科学は単なるツールに過ぎない。系統的な知識が私たちの目的ではない。風味を正しく表現するために技術は有効だが、風味がどこに由来して何が感動をもたらすかは分からない。そういう意味においては、私たちの仕事は常に謎に満ちている。 『グレープ・クラフト』とはブドウを「液体の音楽」に翻訳することである。土地の魂を表現して、人々の魂を揺さぶる実践的技術なのである。 そのめざすものは際立ったテロワールの表現であり、フィネスの表現、アロマの統合である。また、現代のワインは極端な還元状態(密閉技術や酸化防止技術などにより)になりがちであるため、バランスの取れた還元状態を作り出さなくてはならない。これらにより本能が感じる卓越性を導き出し、寿命の長さも実現する。 そして、その実用的原則は、生きた土壌の促進である。米国で認証を取るのは大変であるから、認証よりも実体的なものをめざす。そして、(ブドウの)熟度の適正化により、高分子構造をより好ましいものにする。それは微生物的バランスの上に成り立つ。
では、(ブドウの)熟度の適正化について考えてみよう。ブドウは何を求めているのか?答は、ブドウは何よりも鳥に食べられるためにある。子孫を残すために鳥を利用するのである。 ヴィティス属と呼ばれるブドウは1億8千万年前に地球上に誕生したと考えられる。そして、6300万年前にブドウは巻きひげを手に入れたことから、4000万年前には太陽を求めて木に登るヴィティス・ヴィニフィラ(欧州系ブドウ)が登場した。その後、50回の氷河期により幾つもの種へと分化して風味に多様性が生まれたものの、種としての統一性は保たれている。過去5千年の間は、人類が多収量で繁殖が容易な種を選抜してきたため、望ましい性質を持った種が広まった。 野生ブドウのライフ・サイクルは発芽、展葉、伸長、開花、結実へと到る。種子の準備ができると、果実は色付き、熟すことで鳥に見付けられやすくする。 これをデータで確認してみよう。新梢の成長率は開花(発芽後40日)直前に最大となり、その後の成長率は下がっていく。一方、根は開花直後の時期だけ急速に成長率を上げる。果粒は成長率が急上昇する2回の時期がある。ひとつは発芽後90日頃の果粒肥大時期、そして、ひとつは発芽後130日頃の色付き時期である。この色付きが種子の準備が完了した後に起きる変化である。 この(果粒が急激に大きくなる)ふたつのサイクルを見てみよう。まず1回目のサイクルは鳥に放っておいてほしいときである。だから、粒は(成長しているとはいえ、まだ)小さくて固い。風味も乏しく、葉のような植物的なものとなる(ピラジンという成分が含まれる)。酸が強く、糖が少ない。荒々しいタンニンがある。色は緑色をしており、見付けにくい。 一方、2回目のサイクルは鳥に食べられたいのである。だから、粒は大きく、やわらかい。最大500種の風味化合物があり、植物的風味(ピラジン)が減少している。リンゴ酸の代謝に伴い、あらゆる果実のなかで最も多い糖分を含む。リッチなタンニンを持つ。色は黒色あるいは金色に輝き、見付けられやすくなっている。 2回目のサイクルが起きるために必要な時間は、オーストラリア人が主に研究している。それによれば、ブドウに含まれる糖の蓄積量や酸の減少は、気候に大きな影響を受けている。一方、色やアロマの合成、タンニンの成熟はあまり気候と関係がなく、時間的長さによる。だから、気候の違いが幾らあったとしても、リースリングの収穫時期はラインガウ地方でも、カリフォルニアでも11月第1週が理想なのである。
これを言い換えるなら、品質はブドウに含まれる糖とは関係がないということである。例えば、ノンアルコール・ワインを造る場合、ワインの10倍程度の量の精製水を、アルコール度15%のワインに加え、それを逆浸透膜フィルタに通すことで、ワインから80%のアルコールを除くことができる。 これをワインのアルコール低減処理に利用するには、アルコール度15%のワインを逆浸透膜フィルタに通して、まずエタノール12%の透過液を得る。その透過液を、エタノールを選択的に除く蒸留器に通して、エタノールの90%を除き、残りの透過液を冷却機で冷やしてワインに戻す。 この技術を用いた幾つかのサンプルを試飲すると、その効果が理解できる。オリジナルの『スキンフリント』セニエ・ロゼ2005年(アルコール度14.8%)はアルコールが強くて苦味が目立っており、バランスが悪い。低減処理を行った同品(同12.5%)は物足りない。以前はアルコール13%が最適と考えていた。これは旧世界で補糖を行ったレベルである。もうひとつの低減処理を行った同品(同13.7%)は、バランスが取れている。 別の低減処理をしたサンプルである『ワイン・スミス』シャルドネ2003年(同12.9%)は、シャブリのようなミネラルを感じるタイプをめざしている。これに抽出されたエタノールを加えると、ミネラル感が消えるのが分かる。 最も好ましいアルコール度はどれくらいなのかを調べるため、官能評価を行った。フレスノ大学の協力を得て、糖度31度でシラーを収穫した(9月21日)。これは完全発酵を行うとアルコール度が18%になる。出来上がったワインは色も風味もとてもリッチである。 官能評価にあたっては、低減処理を行い、エタノール容量%(12.5%から15.5%までの範囲)で31のサンプルを用意した。それを22人の審査員で評価したところ、「バランスが取れている」との回答が得られた値が4つのピーク(「スウィート・スポット」と呼ぶ)を形成した(13.3%、13.7~13.8%、14.3~14.4%、15.0%)。この結果で、13%程度より低いと「薄っぺら」で、15%を大きく超えてしまうと、「苦い」という回答が得られた。 これを『アマドール』シラー2005年で確認してみよう。オリジナル(アルコール度15.6%)は完璧な熟度だが、アルコールが強すぎて苦い。オーストラリア的なスタイルである。スウィート・スポットである同品(同13.75%)はヨーロッパ的なスタイルである。一方、同品(同14.2%)はカリフォルニア的なスタイルである。しかし、いずれもバランスが取れていると思われていた「ヨーロッパ的なもの」と「カリフォルニア的なもの」を混ぜてしまうと、スウィート・スポットがずれてしまい、美味しくなくなる。 これは音楽で言う和音と同じ原理である。メジャー・コードとマイナー・コードを一緒に弾くと不協和音になる。
では、成熟とは何であろうか。オーストラリアの勝ちパターンとは、リッチで分かりやすいところにある。鷹揚な風味の表現はフレンドリー・スタイルで、今すぐに飲める。一方、古典的フランスの勝ちパターンは「熟成(エレバージュ)」とも呼ばれ、際立った個性と本能的卓越にある。深遠で深い風味の表現は熟成によって向上する。 次に構造のつくりこみについて見てみよう。私がこの技術を獲得するにあたっては、3人の人物に感謝の言葉を捧げなくてはならない。ひとりはパトリック・デュクルノー氏で、フランスの南西地方でタナ種の樹が引き抜かれていくなかで、技術革新によりそれを食いとめた人物である。あとのふたりは私に技術を教えたテュエリー・ルメイル氏、オークチップ会社社長のジミー・ブトー氏である。 ワインのつくりこみはチョコレートのそれに似ている。ココアはそのままだと荒くて苦い。それに乳脂肪や酸素を加えることで、ダーク・チョコレートになる。これは深遠であるけれども、まだ固くて苦い。これに乳タンパクやヴァニラを混ぜることで、ミルク・チョコレートになり、ビロードのようなテクスチャを持ち、洗練された風味になる。これが本能的卓越である。 カベルネ・ソーヴィニヨンのエルヴァージュ(育成)もこれと同じである。未加工のカベルネ・ソーヴィニヨンは荒くて苦い。ここから酸素を与えつつ、色や風味を引き出し、構造のあるカベルネ・ソーヴィニヨンにする。このとき深遠さは現われるが、やはり固くて苦い。これに澱のタンパク質や甘いオークの風味が加わることで、ビロードのようなテクスチャと洗練された風味が生まれる。これが本能的卓越である。
ワインのエルヴァージュに用いる技術が「ミクロビュラージュ」と呼ばれる、酸素供給技術である。赤ワインのエルヴァージュの目的とは、構造を作って磨くことである。その際に色の安定化を図り、色素の減退を防止して寿命を長くする。また、ボディとフィネスの増加を促進して、口あたりの向上を図るとともに、風味の減退にもなる清澄作業を回避することである。 これに加えて、酸素を供給することで極端な還元状態を防ぐことも重要である。ワインが還元状態になると、硫化水素が発生してしまう(いわゆる「温泉卵臭」)。これを消すためには銅を利用しなくてはならないが、酸素供給を適切に行えば、銅利用を回避できる。そして、オークや腐敗酵母臭も含めて、アロマの統合を行うことで、本能的卓越を導く。 このとき、間違えてはいけないのは、酸素供給は酸化ではないということである。スポーツ・ジムでトレーニングを行うのは体を鍛えるためで、体を傷めるためではない。トレーニングも適切でなければいけない。だから、必要な酸素量よりも多い酸素量を供給してはいけない。それは持続的な流速のコントロールによって供給され、供給される酸素は100%が必要なものである。 タンニンは還元状態だと、大きな構造へと成長してしまい、これがドライな味わいになる。適度な酸素の供給を行うことで、タンニンの成長をある程度にとどめ、その両端にアントシアニンがまるで「ブックエンド」のように結合する。これがリッチでソフトな味わいを生み出す。 ミクロビュラージュを行うには3つのフェーズがある。第1段階はアルコール発酵の終了後、すみやかに清澄を行い、その後に発酵時に供給した酸素量の60~80倍の酸素を供給する。これはマロラクティック発酵完了前で、発酵終了後1ヶ月以内に行う。そして、第2段階は強めの還元状態にして樽に詰める頃に行う。これは樽からのタンニンの抽出を図る時期でもある。さらに第3段階は樽熟成期間(6~20ヵ月)に行う。これらによって、ワインに調和が生まれるのである。 最後にアロマの統合について見てみよう。例えば、軽い白のような構造のないワインはテルペンなどの華やかな風味がある。一方、大柄な赤には樽の風味のほかにも、「馬の汗」と呼ばれる風味である腐敗臭が含まれている。これらの風味をタンニンとアントシアニンの分子(先ほどの「リッチでソフトな味わい」を生む構造をもった)に統合することで、不快な風味は現われなくなり、豊かな果実の風味が際立つのである。不快な風味はベンゼン環の構造を持つが、ベンゼン環はこの分子に取り込まれやすい。 最後の試飲では、私たちが技術処理を行った『ワイン・スミス』カベルネ・ソーヴィニヨン《ペーターソン・ヴィンヤード》2004年、むかしながらの醸造を行った『オヌス』《ペーターソン・ヴィンヤード》2003年を比べよう。後者は様々な香が並立していてまとまりがない。一方、前者は香が統合されており、飲んだ瞬間はタンニンを感じないほどにソフトだが、後からその豊かさに気付かされる。価格的に見れば3~4倍のカベルネ・ソーヴィニヨンと張れるレベルである。
私たちグレープ・クラフトの技術は生きた土壌、生きたワインを可能にするものだと確信している。人類は6千年間、有機栽培をしてきた。除草剤と殺虫剤のない暮らしである。それが20世紀の醸造学が普及した第2次世界大戦以降、失われた。私はベンジャミン・フランクリンの「ワインとは、神が我々を愛し、我々の幸せを望んでいる証である」という言葉を信じている。「証」を求めて私たちは亜硫酸塩の使用を停止すべきである。その方が魂に響くものに近いはずである。 私たちの考え方は徐々に実証されてきている。南アフリカで2000年からコンサルティングしているワイナリーでは、かつて土はコンクリートのように固かったが、いまでは同国でトップのカベルネ・ソーヴィニヨンであると私は思っている。 皆さんには「ワインは生きている」ということを分かってもらいたい。そのために最後に『ワイン・スミス』ローマン・シラー(亜硫酸無添加)を飲んでいただきたい。無添加ワインは内容ではなく、飲む状況の違いによってボトル・ヴァリエーション(いわゆる「瓶差」)がある。強い還元状態にあるため、栓を開けて1週間してアロマが開く。微生物の複雑性があり、熟成の進んだワインのスタイルである。それは殺菌していないチーズと同じである。初めのうちは「臭い」と思うかもしれないが、やがて風味の深さに気付く。 私たちの美意識が鳥と似ているもの(美味しいものを素直に受けいれる)のだとするならば、人間同士は鳥よりももっと美意識が近いはずであると私は信じている。 |
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| スミス氏の哲学をまとめたグレープ・クラフト(GrapeCraft)社のポスター。ブドウ畑の1年のサイクルを描いた円盤の周囲に、彼が行う栽培から醸造までの過程を描く。 |
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