創立20周年記念連続セミナー 第4回 ヴィルヘルム・ヴァイル氏「リースリング・ルネッサンス ~テロワールを反映した多様な魅力」 logo Column

アカデミー・デュ・ヴァン東京校において、ドイツ・ラインガウ地方のロバート・ヴァイル社のヴィルヘルム・ヴァイル氏をお招きして、「リースリング・ルネッサンス」をテーマにした特別公開講座が開催されました。ドイツ最高峰とされる生産者だけに会場は大勢の受講者で溢れ、予備席まで埋まるほどでした。テイスティングは比較的手の出しやすいクヴォリテーツヴァインからはじまり、最後に希少なアイスヴァインに到ると受講者からは歓喜の溜め息が漏れてきました。


文:斉藤研一
Text by Kenichi Saitou

品種のなかの女王リースリング
 
ロバート・ヴァイル社を率いる四代目当主のヴィルヘルム・ヴァイル氏。撮影用に残っていたワインを注いで持ってもらったところ、「これ何?酸化しているよね?開けてどれくらい?」なんてまじめな質問が返ってきた。実直さがにじみ出ていると感じます。
リースリング種は「品種のなかで女王と呼ぶに相応しい。しかも幾つもの顔を持つ美しい女王である」とはロバート・ヴァイル醸造所の四代目当主ヴィルヘルム・ヴァイル氏の言葉です。現在、リースリング種はルネッサンスが到来したと言われますが、その栽培の歴史は2000年にも及びます。「19世紀までは世界で最も愛されてきた品種であり、いま再び世界で最も愛されている品種になりました」。
 リースリング種の多様性は、アルコール度の高いものから低いものまで、あるいは辛口から甘口まで揃うことから生まれます。また、若飲みタイプから熟成向きタイプまでもあります。世のなかにこれほどまで多様なスタイルを表現できる品種は他にはありません。シャルドネ種は人気が高いと言っても、「ドライでオーキー(辛口で樽風味がある)」という方向を向いています。
 ロバート・ヴァイル社は過去18年間、クヴォリテーツヴァイン(上級ワイン)以上で毎年すべての等級を造り出してきた唯一のワイナリーです。すべての等級を造れるような条件が毎年整うわけではないので、これはかなりのリスクを背負っているのですが、そのようにさせるのもリースリング種の多様性を表現するという哲学のあらわれと言ってもよいでしょう。
リースリングの聖地ラインガウ
 
ロバート・ヴァイル社のワイン・ラベルはやや落ちついた淡い青を使う。これはドイツ皇帝が愛した色で、同社では「ヴァイル・ブルー」と呼んでいる。
ラインガウ地方はフランクフルトから西に30キロメートルの位置にあります。リースリング種栽培の2000年の歴史のなかで、ラインガウ地方ほど成功した地方は他にありません。ドイツでぶどう栽培が成功したのはライン河の影響が大きいのですが、そのなかでもラインガウ地方だけは、南から北に向かうライン河が流れを変えて、東から西に向かって流れます。ライン河がここだけ流れを変えるのは、タウヌス山脈が堰となっているからです。
ラインガウ地方のぶどう畑は、その山脈の南向きあるいは南西向きの斜面にあります。見晴らしがよく、太陽に一日中照らされるというように、高いレベルでの栽培条件に恵まれています。そして、これらの条件がリースリング種の栽培に適合しているため、ラインガウ地方では他の生産地ではありえないリースリング種の栽培比率の高さ(約8割)となり、きわめて強い個性を作り出すことに成功しました。
世界で最も高貴な4銘柄のひとつ
 
予備席まで埋まってしまった会場の様子。少し蒸し暑かった日だけに、冷えて爽やかなワインを一口飲むたびに、参加者からは「美味しい」の溜め息が漏れてきた。
パリのソルボンヌ大学教授であったロバート・ヴァイル(ヴィルヘルム氏の曽祖父)は、1868年にラインガウ地方でワイナリーを立ち上げます。そのワインはすぐに評判になり、「キートリッヒャー・グレーフェンベルク・アウスレーゼ」はブルゴーニュ・ブランとブルゴーニュ・ルージュ、シャトー・ラフィット・ロートシルトとともにドイツ皇帝の食卓に供せられました(1893年)。その書状がいまも同社には残っています。しかも当時、同社のワインはボルドー・ワインのおよそ3倍の価格で取引されていました。
現在、同社は70ha(同社資料では65ha)の栽培地を所有しています。そのなかには高名なグレーフェンベルク畑やベルク畑があります。栽培地のうち98%はリースリング種を植えており、残りはピノ・ノワール種が植わっています。ピノ・ノワール種は1975年に父が植えたもので、「趣味的なもの」だとのことです。収量は約55hl/haで、年産50万本です。常勤30名のほか、収穫時には非常勤70名が加わります。このスタッフたちのお陰で「同社のクオリティが維持できる」のだとのことです。
ぶどう畑は主に南西向きで、60度の急傾斜地もあります。土壌は「千枚岩」と呼ばれるスレート(粘板岩)、その崩壊石やロームなどから構成されます。河岸丘のなかでもとくに標高が高いところにあるため、日当たりとともに風通しがよいそうです。ぶどうの房を健康な状態で長く樹に実らせられる理由はここにあります。また、この畑からは果粒が小さくて果皮の比率が高い果実を収穫でき、それらが同社のワインの深みにつながると言われています。
 ヴァイル氏は「人はテロワールを利用するだけ。テロワールという限界のなかで、どれだけの努力ができるかがクオリティを決める」としきりに語ります。有機栽培と収量制限を行い、きびしい選別を実施します。たとえ旗艦銘柄の「グレーフェンベルク」でもクオリティが満たない場合には、クラスを下げるだけでなく、名前すら名乗らせないのです。
 このこだわりは独自の商品構成にも表れています。同社は法的に認められた特級畑を3区画所有していますが、同社では「特級」と呼ぶのは「グレーフェンベルク」だけで、ほかは特級を名乗りません。
リースリングの成熟をじっくりと待つ
 
「キートリッヒャー・グレーフェンベルク・アイスヴァイン」2004年。見とれてしまうほどの美しい輝きをもったホワイト・ゴールドをしている。ネクターやマンゴーのような溢れるほどの果実味とともに豊かな甘味が感じられる。きわめて透明感が高くて、フォーカスがびっしりと定まっている。これが純粋なアイスヴァインなのだと感服させられる出来映えである。
果実の成熟には3つのパターンがあるそうです。ひとつめは樹上時間が延びて完熟するというもの(アウスレーゼ)、二つめは貴腐菌の繁殖により干しぶどう状になるもの(トロッケンベーレンアウスレーゼとベーレンアウスレーゼ)、三つめは寒波によりシャーベット状になるもの(アイスヴァイン)です。一般的にはこれらは延長線上にあるものと思われがちですが、まったく別のパターンであり、とくにアイスヴァインは貴腐菌が付着してしまうと「純粋な風味が得られない」とのこと。これらのパターンをそれぞれ確認して、「いつがベストなのかを見極めることが大切」だと言います。
 近年の温暖化は収穫期を早めるだけでなく、このパターンに変化をもたらしてもいるようです。百年前はぶどうが熟す年もあれば、熟さない年もあったそうです。いまは熟すのが当たり前で、成熟のスピードも上がってきているそうです。むかしはゆっくりと成熟してきたので、それにあわせて作業をすればよかったものの、いまは迅速に効率よく作業しなくては対応ができません。近隣の生産者のなかでも、対応できる「勝者と敗者が生まれている」とのことです。
 とくにアイスヴァインは温暖化により造りづらくなっているそうです。むかしは寒波の到来が年明けでもよかったものの、いまはもっと早い時期に寒波が来ないと純粋なアイスヴァインができません。気温が高いままで秋を過ごすと、貴腐菌の繁殖が始まってしまい、アイスヴァインと貴腐ワインの中間的な風味になってしまいます。同社で水晶のように透明感が際立ち、びっしりとフォーカスの定まったアイスヴァインができるのは、「河岸丘の高いところに畑がある」からだとのことです。
 その典型が2006年産になります。例外的とも言えるほどの成熟に達しており、クヴォリテーツヴァインも本来はシュペトレーゼとして出荷してよいレベルにあるとのこと。つまり二階級落ちをさせていることになります。一方、このような温暖な年だっただけに、貴腐菌が見事に繁殖してトロッケンベーレンアウスレーゼやベーレンアウスレーゼは成功を収めたものの、アイスヴァインはわずかしか生産できなかったそうだ。
偉大なワインの条件は個性と熟成力
 
特別公開講座で試飲したラインナップ。左から瓶内二次発酵で生産されたゼクト(発泡酒)、クヴォリテーツヴァインのトロッケン(辛口)2006年、同じくハルプトロッケン(中辛口)2006年、クヴォリテーツヴァイン(中甘口)2006年、同社で特級に位置づけられる「キートリッヒャー・グレーフェンベルク・シュペトレーゼ」2006年、同じく「アイスヴァイン」2004年。ちなみに同社では「トロッケン」「ハルプトロッケン」という表記がないものは、中甘口や甘口タイプになる
「偉大なワインとはアイデンティティとともに熟成に向くポテンシャルが必要」です。ドイツ・ワインには様々な等級があり、食事へのバリエーションがあります。等級は収穫時の果汁に含まれる糖度で決まりますが、発酵させる際にどのレベルまで発酵させるかが等級により異なります。同社ではクヴォリテーツヴァイン、カビネット、シュペトレーゼでは辛口、中辛口、甘口の3タイプを手掛けます。一方、アウスレーゼ以上の等級では甘口のみとなります。
 醸造にはステンレス発酵槽と木製発酵槽のふたつを併用しています。仕上げるタイプによって選択しているものの、いずれもコンピュータで温度管理をしています。イメージ的には伝統的と思われがちなリースリング種ですが、「最新技術は重要」とのこと。目的とするアルコール度に達した際、ワインを冷却することで発酵を停止させます。 ドイツ・ワインの「甘味は熟成にもうまく働きます。意外かもしれませんが、クヴォリテーツヴァインのクラスでも、辛口は5年から8年、中辛口から8年から10年、甘口なら12年から15年の寿命があります」。ドイツ・ワインは早飲みと思われているだけに、その長熟性には参加者からも驚きの声が聞かれます。
 最近のリースリング・ブームにより、世界の様々な生産地でリースリング種が栽培されはじめています。それに対してヴァイル氏は「暖かすぎる気候でのリースリング種は感心しない。流行だからと飛びつかないでほしい」と批判的です。本来、長熟後に現われるはずのペトロール香が若いうちから現われ、しかもアルコールが高すぎるため、リースリングらしさが感じられないそうです。
 やはりリースリング種にとっての理想の土地は、ドイツであり、暖かすぎないアルザス地方の一部、そして近年評価を上げてきているオーストリアのバッハウ地方だとのこと。また、米国のワシントン州のリースリング種もよいものが出てきているそうです。いずれも冷涼で、昼夜の寒暖差が大きい気候です。そして、リースリング種に相応しい土壌があり、自然と正面から向きあう人たちがいるからだとヴィルヘルム氏は語っています。
 生産規模はボルドー地方の大手生産者と同じくらいだろう。「年産50万本は少ない」という言葉に一瞬戸惑いを覚えたが、その品揃えからすれば銘柄毎の生産量は小さなものになります。生産量の3分の2は国内市場で消費されてしまうが、将来的には輸出を半分くらいまで引き上げたいとのこと。現在30カ国に輸出しているそうで、日本は同社のワインを最も理解している市場のひとつだそうです。

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