創立20周年記念連続セミナー 第2回 デヴィッド・グレイヴス氏 「ピノ・ノワールのクローン別テイスティング」 logo Column

 先日、アカデミー・デュ・ヴァン東京校においてセインツベリー社(米国カリフォルニア州)のディヴィッド・グレイヴス氏による「ピノ・ノワールのクローン」をテーマにした特別公開講座が開催されました。当日は同社の最上級商品「ブラウン・ランチ」のクローン別の比較試飲を行い、クローンが風味にどのような影響をもたらすかを考えた上で、ブラウン・ランチの完成品を堪能しました。カリフォルニア最高峰とされるピノ・ノワールのひとつを試飲するだけに、会場を埋め尽くした参加者からは「美味しい」の感想がしきりに漏れてきました。


文:斉藤研一
Text by Kenichi Saitou

なぜカーネロスでピノ・ノワールなのか?
 
会場からは「美味しい」の連発だったにも関わらず、「極めつけと呼べる新世界のピノ・ノワールの誕生にはあと30年はかかるかな……」と語るディヴィッド・グレイヴス氏
セインツベリー社は1981年、カリフォルニア大学デイヴィス校(葡萄栽培・ワイン醸造学部)の同窓生であったディヴィッド・グレイヴス氏とリチャード・ワード氏によって設立されました。ブルゴーニュが好きだったふたりは、当時そして現在でも「最も有名なカベルネ・ソーヴィニヨン種よりも挑戦的なことをしたい」と思ったそうです。ワイナリーの現在の年間生産量6万ケース(72万本)のうち、3分の2をピノ・ノワールが占めるということからしても、その思いの強さを窺うことができます。
 当時、すでにナパ・ヴァレーはカリフォルニアで最も有名な生産地でした。とくにカベルネ・ソーヴィニヨンの評価は、世界的にも注目されるほどに高くなっていました。上級商品に関して言えば、【カリフォルニア=ナパ=カベルネ・ソーヴィニヨン】という構図が成立っていたわけです。一方、ピノ・ノワールはいまでこそ幾つかの有名生産地があるわけですが、当時それらはまだ存在しないか、あるいはワイン生産が始まったばかりで、「だからカーネロスだった」というグレイヴス氏の言葉の通り、まだ手探りの状態でした。
 同社が本拠地とするカーネロスをさきがけに、1990年代以降カリフォルニアではピノ・ノワールの評価が向上していきます。現在ではカーネロスのほか、ソノマ郡のロシアン・リヴァー・ヴァレーやソノマ・コースト、モントレー郡のサリナス・ヴァレーのほか、カリフォルニア以外のオレゴンなどでも評価が上がっています。カリフォルニアにおけるピノ・ノワールの評価の向上そのものが、彼らに対する評価と言っても過言ではないと筆者は思います。
 これらの生産地に共通するのは「いずれも海の影響が強く、米国の生産地のなかでは冷涼気候である」ことです。ピノ・ノワールの生産量はこれらの地区内でも10%程度にとどまっているものの、ナパ・ヴァレー(約5%)に比べれば十分に高い比率になります。フランスの全栽培面積(210万エーカー)のうち、ピノ・ノワールの栽培比率が約3%(6500エーカー)であることを考えれば、カリフォルニアは世界的なピノ・ノワールの生産地と言ってもよいのかも知れません。
クローン研究の第一人者になる切欠
 
当日、試飲したブラウン・ランチの区画別サンプル3種と完成品(右)。左からC区画(クローン667番・777番)、D区画(667番・777番)、G区画(ポマール・クローン)
セインツベリー社では1983年からワイン生産を行っています。はじめにワイナリーの東側の区画に、80年代前半に重視されていたポマール・クローンを植えました。ポマール・クローンは当時、フランスで広範に栽培されていたことに加えて、グレイヴス氏とワード氏のいずれもが好みの風味でした。ところが、彼らは「ブルゴーニュにはカリフォルニアの100倍の多様性がある」という言葉で言い表すように、よいワインには遺伝的多様性が不可欠であることに気付きます。
 皮肉なことにこのことに気付いたのは、80年代後半にカリフォルニアを襲った害虫フィロキセラによるものでした。一様な畑は風味が単調であるばかりでなく、リスクに対しても弱いということです。旗艦銘柄となるブラウン・ランチを1990年に買い取ったとき、当時はまだ牧草地だったところをいくつかの区画に分けて、様々なクローンを植えることにします。まるで画家がさまざまな絵の具を用いて、あざやかな絵を描くのと同じように、ワインを造ろうと考えたわけです。
 その際に導入されたのがピノ・ノワール「クローン115番」「同667番」「777番」といったものです。しかし、話はそれほど簡単ではなくて、台樹に何を使うか、クローンと台樹の相性はどうか、仕立て方はどうすべきかなどのさまざまな問題を検討して、畑の設計をしていく必要がありました。このようなことから、クローン研究をいちはやく行ったカーネロス・クリークとともに、同社はクローン研究の第一人者として認知されていきます。

ぶどうの遺伝的特性
一般的にぶどうは種から育てないで、切り落とした枝を挿し木にして育てます。むずかしい言葉ですがヘテロザイゴスと言って、ぶどうは親の特性を受けつぎにくい性質を持っているので、種から育てると親とはまったくかけ離れた特性の子が育ってしまいます。ピノ・ノワールは2000年にも及ぶ長い栽培の歴史があり、その間に少しずつの変化が生まれて、多様性をもたらしました。同じピノ・ノワールと言っても、果粒の大きさや果実の成熟速度などが違ったりします。そのため、望ましい特性を持つ株だけを後世に伝える努力が求められます。伝統的にブルゴーニュではセレクション・マサルと呼ばれる挿し木法が用いられます。秀逸な特性を持つ株を選び出し、その枝を挿し木で育成するというものです。一方、近年はウイルスに侵されていない苗木を得るために、芽の細胞を培養して苗に育てるクローニングといった科学的方法も用いられます。
60種のベース・ワインから生まれるラインナップ
 
カリフォルニアのピノ・ノワールの最高峰のひとつと讃えられるブラウン・ランチ
 
アカデミー・デュ・ヴァンの教室を埋め尽くした受講生からは「美味しい」の一言とともに、美味しさのあまりの溜め息がしきりに漏れていた
現在、セインツベリー社では旗艦銘柄のブラウン・ランチという畑名商品のほか、6種のピノ・ノワールを手掛けています。それらの商品は60種にも及ぶベース・ワインを何度ものテイスティングを重ねて仕上げられます。畑名商品のブラウン・ランチですらも、ひとつのベース・ワインからではなく、土壌やクローンの異なる6区画のベース・ワインがあり、それらを元にして仕上げられていきます。
 例えばブラウン・ランチの北寄り(山寄り)のC区画は火山性土壌に「667番・777番」が植えられており、エレガントでチャーミングなスタイルのワインが生まれます。一方、南寄り(海寄り)のG区画は堆積土壌に「ポマール・クローン」が植えられており、グラマラスでタニックなスタイルのワインが生まれます。わずかな距離しか離れていないものの、まったく違ったスタイルのワインが生まれることには試飲をした参加者も驚きを隠せないようです。
 「好みはあるかもしれませんが、醸造家の仕事はワインを組みあわせて、ベストなものに仕上げること」とはグレイヴス氏の言葉です。区画別サンプルと同一年号の完成品(2005年)は、タンニンの豊かさはC区画と同じ程度にあるが、より果実味が強く膨らみを感じます。残糖はほとんどない辛口なのですが、甘さを感じるほどです。1995年の初ヴィンテージ以降、本人も認めるようにしばらくの間は「果実の成熟度を重視していた」ものの、近年はピノ・ノワールらしいエレガンスを重視していると筆者は感じました。

 クローンの研究は科学的に見えて科学ではないと筆者は思います。すべてのクローンは同じ条件で実証されているわけではありません。グレイヴス氏もそのことは認めており、「クローンの話をするには気候や土壌について話さざるを得ない。いかに優れたクローンでも不適合な条件の下では、よいワインはできない。特定のクローンが特定の風味には結びつかない。同じクローンでも場所により違う風味になる」と話を結びました。

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